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*現パロ

*イズナはアニナル設定をを踏襲、サスケによく似た顔立ち

*サクラは大学生、イズナはカフェの店員

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

―――駅の、大通りを右に折れて…車道ぞいにずっと歩いていく。しばらくしたら、真っ赤な看板がかかった店が見えてくる。

 

甘く掠れた、青年の声が頭に響く。

 

指示に従い、顔に当る温風に眉をしかめながら、日傘の柄を握り直す。

じとりと背を伝う汗はこの際、無視だ。

目的地まですぐなんだから…。

それにしても、どのくらい歩いたら「しばらく」なのだろう?

そこは男と女で感覚は違うだろうし。

サクラは悶々としながら、だが歩き続ける。

ようやく靴擦れが起きなくなったお気に入りのレモンイエローのサンダルが、きゅっと音を立てた。

 

あれかしら、真っ赤な看板。

 

煉瓦造りの瀟洒な建物が見え、ちらりと見えた看板に意識を向けた。

日傘を引き上げると、日差しが降りかかってくるかわりに、色づいた赤い看板がくっきりと目にうつる。

時計を見ると、大学を出て、教えられた通り一度駅前に向かい歩き始めてから十分も経っていなかった。

とかく熱いと、時間の感覚が狂うらしい。

 

――その店が、目印だな。そこを少し進むと、年季が入ったぼろいビルがあるんだ。…そこの、地下へ降りる階段を降りると着く。

 

教えられたビルの名前が壁に刻印されているのを確認し(隣りの煉瓦の店とは対照的に薄汚れていた)、首を傾けるとビルの入口横に見える、薄暗くぽっかりと空いた空間の正体は、さりげなく、地下へ降りていく階段であることを示していた。

この下に、もうひとつ店があるとはちょっと見ただけではわからない。

というか、サクラなら目にも止めないだろう。

 

階段前に立つと、ビルの影のおかげでひんやりとした空気が二の腕を撫ぜた。

日傘を折り畳み、紐で止めてから、片足を階段へかける。

ふと振り返ると、目が霞むほど明るい表通りが見えた。

今立つ場所は、そこだけ画面から切り取られたように黒々としていた。

 

ここから、異界に入っていくみたい、なんてね。

夢見がちなことを一瞬考えてサクラはくすっとわらった。

 

畳んだ日傘を握り直し、ちょうど肩からずり落ちたノーブランドの軽さ重視のバッグをかけなおす。

サクラは踏み外さないようにロングスカートを摘み上げ、地下へ降りていった。

 

 

 

 

 

鳳梨の香り

 

 

 

 

 

階段を降りきっていくと、なるほど、確かにそこにはカフェがあった。

サクラの背よりも少し高いクリーム色の扉と、その隣りの窓に造りつけられた突起に提げられた小さな黒板には、OPENとチョークで書かれている。

うちはサスケが言っていた通り、紅白色で塗り分けられたうちわが、店の扉にペイントされている。

それの少し下に、ワインレッド色で書かれた、『Cafe Uchiha』という店名が、店内から漏れる明かりのおかげでくっきりと見えていた。

『Cafe Uchiha』―――うちは。

間違いない、ここが、サスケが教えてくれた場所。

 

窓ガラス越しに、丁度サクラに背を向ける形で立ち、なにやらカウンター席の前で作業をしている男性が見えたから、営業はしているらしい。

 

だが、―――店内には、店員らしき男性以外、誰も居ない。

ここで堂々として店内にいきなり入るほど、サクラは図太い女ではなかった。

うじうじしても仕方がないのはわかってる、折角サスケくんが教えてくれたお店なんだから―――そんな不毛なことを考え、背伸びをして店内を覗いた瞬間、こちらを振り向いた男性とばちっと目が合った。

 

(えっ…)

正面から店員を見るかたちになって、サクラは息を呑んだ。

だって、その顔は…。

 

(サスケくん…!?)

 

うちはサスケに驚くほどそっくりな店員は、彼と同じ染められていない黒髪が綺麗な男性だった。

 

硬直するサクラをよそに男性は、立ち尽くすサクラの姿に目を瞬かせた後、すぐにぱっと笑うと、扉へ歩み寄り、開けた。

からり、と扉の天辺に備え付けられたベルが、かわいらしい音をたててサクラを歓迎した。

 

「いらっしゃいませ。開いているので、どうぞ中に」

「あ…ハイっ」

 

サクラはぎこちなく男性がノブを握って開けている扉へ近づき、手で示された傘立てに日傘を落とし込み、店内に入ってしまった。

エアコンが程よくきいた店内は、きもちがいい。

サクラが店内に入った後、音を立てずに扉を閉めた店員の男性が、前に立った。

 

仕立ての良い白シャツに、無地だが機能美漂うギャルソンエプロンは清潔で、真っ青なジーンズはこの人のスタイルのよさをさりげなく示している。

左胸についた銀色の、趣味のいいネームプレートにはうちわのマークが描かれ、『IZUNA』と刻印されている。

 

イズナさん。

ちょっと―――いや、かなりのイケメンだ。

 

(―――ってなにジロジロ観察してるの私!)

 

「こちらへどうぞ」

店員―――イズナは、壁際のテーブル席まで案内してサクラを座らせた。

さりげなく椅子を引いてくれ、サクラがスカートの裾に気を取られているうちに、イズナはテーブル下から引っ張り出した荷物かごを横に置いた。

「お水に氷はいれますか?」

あっ声はサスケくんと少し違うのね―――そう思いながら、サクラは首を振った。

店内は寒くないが、油断すると冷えてしまうのが夏の怖いところだ。

 

「はい。では、氷なしでお持ちしますね」

にこっと嫌みのない笑みを見せて、イズナは厨房らしいスペースへ一度引っ込んだ。

ありがたくバッグを置かせてもらい、イズナが背を向けた瞬間、取り出したハンカチで汗をぬぐった。

メニューらしい冊子を小脇に抱え、戻ってきたイズナはサクラの要望通り、氷なしの水入りグラスを、コースターを敷いて出してくれた。

メニューを受け取ると、

「注文お決まりになったら、また呼んでくださいね。本日のおすすめは一番初めのページに載っていますよ」

イズナはひらいたメニューの最初のページを指さし、教えてくれた。

イズナの穏やかな声のトーンに、サクラはほっとした。

サクラはどちらかというとじっくりメニューを見るの方が好きだ。

店員が控えている中で食べたいもの、飲みたいものを選ぶのは実をいうと苦手で、その点、押しつけがましくないイズナの対応はありがたかった。

さっき立っていた位置に戻った彼が、何か仕込みを始めたのを確認して、サクラは改めてメニューを見つめた。

本日のおすすめ、と一番上に書かれたページにはランチメニューが並んでいる。

時計を確認すると、今は14時を過ぎたばかりで、ここのカフェはランチをまだやっているらしい。

大学の学食で昼食は済ませてきたから、これはまた今度、とサクラはページをめくった。

 

結果的に、どれもこれも美味しそうなものばかりかなり時間をかけてサクラは選ぶこととなった。

幸いイズナは催促などせずにサクラを放っておいてくれたが―――一度窺うと、彼は鼻歌を歌いながらスプーンやフォークを磨いていた―――さすがに五分経過して、サクラは慌ててメニューをめくる。

 

手描きのメニューは、見ているだけで楽しかった。

自家製の、ドライフルーツがどっさり入ったケーキや、レモンクリームのタルト、いちごジャム付きのスコーン。

きのことベーコンのキッシュやコーヒー入りのシフォンケーキもいいかもしれない。

夏だからか、かき氷のページもあり、中でも完熟パインのかき氷にサクラは惹かれた。

正直、どれも食べたいくらい美味しそうなんですけど―――。

サスケはいつも、ここで何を注文するんだろう?

憧れの彼が甘いものを食べている姿はどうしても想像出来なかった。

 

サクラは散々悩んだ末に、かき氷に決めた。

「あの、すみません」

遠慮がちに声をかけると、イズナは拭き布を卓上に置いた。

「はい。お決まりですか?」

「ええ、っと…この、完熟パインのかき氷、って今日はありますか?」

「ええ。ありますよ」

「じゃあ、それで…」

メニューを閉じ、イズナに手渡す。

サクラから受け取るために僅かに身をかがめたイズナからは、きつすぎない柑橘系の香りがした。

 

 

 

カットされたパインが載せられ、とろりとした黄金色のシロップがふりかけられた完熟パインのかき氷は、「とろけそうなくらい甘くてやみつきになる」食感と味だった。

ひと口食べた後、サクラは我慢できずにためいきをもらした。

すくった氷のかけらを口につけると、唇が冷たくなる。

サクラは、夢中になってかき氷を次々にすくった。

 

半分たいらげたあたりで一度スプーンを置くと、すっと伸びてきた手が、新たなグラスを置いた。

ふわりと湯気が立ちこめる色の薄いお茶にえ、と声が漏れてしまう。

「どうぞ。サービスです」

音を立てることなく、サクラの側にいたイズナが、言った。

「あ、ありがとうございます。いただきます…」

両手でグラスを包むと、じんわりと手が温まる。

ふうふうと息を吹きかけてお茶を飲むと、それがジャスミン茶であることがわかった。

冷やされた体に、ぬくみが戻る。

 

「…それにしても。よくこのお店を見つけましたね」

サクラがジャスミン茶の香りを楽しんでいると、楽しそうな声がかかった。

イズナは、今度はペンを持って書き物をしている。

手を止めた彼は、顔を上げたサクラと目が合うと、愛想よく続ける。

ペンを見もせずに片手で回し、首を傾げてカウンターにもたれる彼は、雑誌モデルがポーズをとっているように様になっている。

「ここは…オーナーの趣味で、ちょっと変な場所にありますから。初めていらっしゃる方は、見つけにくいと思いますよ」

「えっと。私、ひとにこちらのカフェを教えてもらったんです…」

イズナはペン回しを止め、目を瞬かせた。

「…どなたから、お聞きに?」

「大学の、…友達、から…。うちはサスケくんから、聞いたんです」

サスケの名前を出したとたんに、イズナは真顔になり、すぐにそれまでの丁寧な接客とは少し変わった、親しみが混じった表情を見せた。

「サスケから!…へえ…そうだったんですね」

「あの、イズナ、さんはサスケくんの…?」

「ああ、オレは彼の親戚です。オレ達、結構似てるでしょう?」

「よく…似ていると思います」

確かに、二人の顔のつくりはとてもよく似ている。

こんな、素敵な笑顔をサスケが見せるかはわからないけれど―――かっこいい。

サスケ以外の異性にときめいたのは、初めてだ。

(いや、何ときめいてるのよ私。イズナさんは素敵な人だけど、そーいう対象じゃないでしょ)

自分の中の冷静な部分が、ツッコミをいれる。

サクラは照れを隠すために、グラスを置き、またかき氷の器を引き寄せた。

溶けてきた氷とシロップを混ぜ合わせると、とろみが増す気がした。

 

イズナはサクラがゆっくりとかき氷を食べ終えるまで、歌うように様々な話をしてくれた。

話しているうちに彼の敬語はいつの間にかとれ、気安い口調になったが、馴れ馴れしいとは微塵も感じず、サクラはそれが自然な流れなのだと受け入れていた。

 

ここは自分の兄が始めた店で、身内だけで経営していること。

オーナーはとても優しいが、同時にとても気難しい人間であること。

オーナーは主に夜に店に出るので、今は仕入れのために外出中であること。

初めは身内の紹介でお客が増えていったこと。

そして―――ここに時折現れる時の、サスケの様子についても。

 

「サスケは…たまーにここに来るよ。夜に来たら、兄さん…オーナーと話しながら、夕飯を済ませて帰ったり。午後に来たら、よくコーヒーを飲んでるかな。…ほら、そこの席」

イズナの指先をたどると、サクラの丁度後ろにある、一番奥まった場所に置かれたテーブルが見えた。

「そこにサスケはよく座ってるよ」

「へえ…」

一瞬、コーヒーを飲みながら本のページを手繰る彼が、脳裏に浮かんだ。

違和感はなかった。

「でも。サスケの紹介で来たお客さん、きみが初めてだ」

サクラはどきっとした。

「そう…なんですか?」

「うん。きみが初めて」

イズナは繰り返した。

どう答えたらいいのかわからず、サクラはスプーンを器に差し込んだ。

からんと乾いた音が鳴り、見ると、盛られた氷はとっくになくなり、最後に残しておいたパインのかけらが水面をたゆたっていた。

 

「あの人間嫌いが選んだ人だ。きみ、きっとオーナーにも気に入られる」

以外にも、身内には遠慮のない言葉を言い放ったイズナは、

「そんな…」

「オレの勘、よく当たるんだよ」

自信ありげにイズナは言う。

「…イズナさんが、そうおっしゃるなら」

なんだか、そう思えてきます。―――理由はよく、わからないけれど。

控えめに言って、最後のパインを口に入れた。

微かに漂ったパインの香りが名残惜しいほど、やみつきになるほど、美味しかった。

 

「………サスケが、きみをここに寄越した理由が少しだけ…わかった気がする」

「え?」

イズナは手にしていた帳面を静かにカウンターの上に、置いた。

つられて目線を上げると、不意に彼の漆黒の目の中に、サクラがうつる。

夜の色をした目が、あやしく揺らめいた気がした。

紅い残影は、ふっと消えてしまった。

 

そのふた揃いの目の中に自分が居るとわかった瞬間、サクラはうっすらとだが、予感した。

遠くない未来、きっと自分はこのひとに激しく焦がれ、恋をするのだ、と。

 

鳳梨のかけらがその瞬間だけ、やみつきになる甘さとは違う不思議な味になり、舌がしびれた。

 

 

 

 

fin.

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